神楽坂の、いまなお江戸の情緒を残す小路を抜けると、その突き当たりに総檜造りの能舞台が立っている——矢来能楽堂である。明治年間に興った観世流の一派「観世九皐会」に属し、初世・観世喜之が礎を築いた。今日のこの建物は昭和二十七年(一九五二年)、戦後の再建によるもので、棟梁・三輪音吉が木曾御料林から特別に分けられた檜材で建てた。舞台の下には反響を司る瀬戸焼の大甕が九つ埋められている——ここは「音」のために生まれた家なのだ。二〇一一年、国の登録有形文化財に登録された。
そのキュレーション上の価値は、「実際に舞台へ上がる」という一点に凝縮される。多くの人にとって能の印象は客席から観るところで止まる。だがここでは、ビジネス団体を、その文化的価値が特別に認定された檜舞台の上へと招くことができる。かつてAPACの会議プランナーの一団が自ら舞台に立ち、能舞台の板を踏みしめ、この歴史ある空間がビジネスの催しに与える奥行きと本物性を体感した。太鼓と謡が、反響のために造られたこの木造の家に響くとき、時と技が共に磨き上げた静けさは、いかなる擬古の宴会場も生み出せないものだ。
提案に携わる者にとって、矢来能楽堂が応えるのは「私的な設え×本物性」という求めである。決して大きくはない——大きくないからこそ、少数のVIPを、プライベートで正統な能へと招くのにふさわしい。現役の能楽師(観世喜正など)が現場で導き、賓客を単なる観客ではなく、日本最古の舞台芸術に足を踏み入れる者へと変える。神楽坂の小路とこの檜舞台とが相まって、丁重にもてなされる、ここだけの一夜を客に贈る。