坐忘林は、「露天風呂のある良い旅館」ではない。「独りでいること」そのものを、建築にまで昇華させた宿である。花園(ハナゾノ)の白樺の森に、15棟の独立した離れが静かに散らばり、その一棟ごとが源泉かけ流しの内湯と露天風呂を備える——湯は宿の足元に湧く地熱の恵みで、加水も循環もしない。つまり、自分の離れに一歩踏み入れたその瞬間から、他の宿泊客と一度も顔を合わせることなく、滞在をまるごと隠遁として過ごせるのだ。名は荘子の「坐忘」に由来する——坐して、己さえも忘れる。
その重みは、三つの層の重なりから生まれる。ひとつは建築。コンクリート、黒木、そしてガラスが原生林に切り込み、四季が大きな窓の内で移ろう——冬には窓を埋め尽くす粉雪が舞い、離れと離れのあいだには、ただ雪の降る静けさだけが残る。ふたつめは食卓。総料理長・瀬野吉洋が「北懐石」を軸に、京の会席の作法を北海道の産物へと移し替え、一席の料理を、ただ旬の運びに委ねる。みっつめは、繰り返し裏づけられてきた評価——ミシュラン、Condé Nast、Travel+Leisure に長く名を連ね、「ニセコの高級隠れ宿」という言葉の、ほとんど代名詞となっている。
提案する者にとって、これは「豪」ではなく「静」を決める一枚だ。派手さで押すのではない。奢りに近い静けさと、徹底したプライバシー——全室の私湯、決して交わらない視線、雪と森が喧噪を遠くへ隔てるその佇まいで勝負する。旅程の頂点、あるいは締めくくりにこそ置きたい宿である。滑り、歩き、眺め尽くしたあとで、最上級の客を、自分だけの森の離れへと退かせる。坐して、そして忘れる。この「数日、完全に消えることを許される」体験こそ、最高峰の客が対価を払って手に入れたいと願うものだ。