東京には、あなたが「予約する」ことのできない一群の店がある——「連れて行かれる」ことでしか入れないのだ。鮨さいとうは、まさにこの領域で衆目の一致する頂点のひとつである。長らく江戸前鮨の最高水準の一つと見なされながら、一般予約を受けない。数席の鮨台、そのほぼすべての席は、常連客と紹介を受けた者の手の内にある。通じた者にとって、ここに座れること自体が、金銭では直接買えぬ証となる。
江戸前は料理の一ジャンルではなく、東京湾を底に、時と技で魚を飼い馴らす一つの哲学である——熟成、漬け締め、煮切り醤油、体温ほどの赤酢のシャリ。その一貫一貫が、握り手が客の目の前で仕上げる一度きりの作品だ。この小さな台の前には、品書きも喧噪もない。あるのは職人の手、その日の魚、そして今この瞬間のあなたの味覚——複製のきかぬ対話だけだ。これこそ「一期一会」の最も純粋な現場である。同じ魚、同じ職人でも、昨日と今日は同じ一貫にはならない。
最ハイエンドの客に対し、我々はこれを一食としてではなく、「内側に入る」体験として編む——証すのは予算ではなく、通路である。これを行程に置くことは、客にこう告げるに等しい。この旅は、土地の美食家すら予約の列に入れぬ場所へ、あなたをお連れできる、と。