京都の一軒の刀鍛冶工房では、炉の火が空間全体を橙紅に染め、鞴が息づき、玉鋼が鉄床の上で繰り返し折り返され、打たれてゆく——これは「将大鍛刀場」の刀匠・中西裕也が日々向き合う世界であり、彼が客に開こうとする世界でもある。日本刀は兵器ではない。それは一つの民族の「純粋」への執念である。不完全な鋼を一層また一層と折り返し、不純を一度また一度と追い出し、最も本質の一筋の刃だけが残るまで。客はここで、ガラス越しに眺めるのではなく、自ら鎚を握り、現役の刀匠に従って、本物の玉鋼で自分だけの小刀を鍛える。
この体験の最も貴い点は「人」にある。導くのは伝統工芸士級の現役の刀匠——観光客に見せるための演者ではなく、なお本物の刀のために働き続ける匠だ。彼が客の手の甲に手を添え、一度の鎚の角度を正すとき、伝わるのは技巧ではなく、修行にも近い集中である。火加減、律動、呼吸——そのすべてが、あの数打ちのうちにある。客が持ち帰るのは、自ら鍛えた小刀だけではない。真に「日本の匠魂」に触れた一片の記憶だ。その刀は幾年も客に寄り添い、手に取るたび、この一日の重みがよみがえる。
初めて日本の工芸に深く分け入る客、あるいは家族とともに「作れて、持ち帰れて、語れる」一事を経験したい客にとって、これは、見ることを参加へ、見学を創造へと変える、ごく数少ない入口である。¥38,000/人、通年(火・土・日)に炉を開く——火と鋼が成す、複製のきかぬ一度の出会い。