歌舞伎座は東京・銀座の中心に立つ。1889年の開場以来、それは日本の歌舞伎の殿堂である——「芝居を見られる劇場」ではなく、この四百年の舞台芸術がこの世で最も正統たる道場だ。切符を一枚買えば、誰もが客席に座り、廻り舞台、花道、義太夫の三味線、そして役者があの一声で客席を貫く見得を目にできる。それが、歌舞伎が公衆に開かれた一面だ。
だが真に得がたいのは、幕が下りたあとのもう一面である。紹介を得て楽屋へ入れば、もう一つの歌舞伎座が見えてくる。役者が鏡前で一層また一層と施す隈取、幾代も受け継がれた衣裳がいかに身に結ばれてゆくか。そして役者本人と面と向かって語り合うとき、彼が自らの属する名門の家の芸を、同じ演目を父が祖父がいかに演じたかを語るとき——その瞬間、舞台上の華やぎに、突として血脈と重みが宿る。これは観光ではない。生きた伝統の内側へと導き入れられることだ。
最ハイエンドの客に我々が提案するのは「歌舞伎を一度見に行く」ことではない。「まず客席でこの芸術の全体を受け取り、次いで舞台裏へ紹介され、それを担う人と語り合う」ことだ。前者は芸術、後者はaccess——この二つを合わせてこそ、歌舞伎座が提案に記すに値する真の理由となる。