深大寺の開山は天平五年(七三三年)。平安時代からは天台宗の寺院で、およそ千三百年を数えます。はじまりにあったのは、どこかの権勢ではなく水でした。鎮守の森に囲まれたこの境域には清冽な泉が湧き、その流れは絶えることなく、古くは下流の田を潤してきました。清い水を求めて人が集まり、泉への感謝から素朴な水神の信仰が生まれ、仏教が伝わってのちに、人びとがこの霊地に目を留めて寺が建てられます。まず水があり、それから信仰があり、最後に寺がある——この順序が、東京の多くの寺といちばん違うところです。
江戸時代からは蕎麦でも知られるようになりました。深大寺蕎麦は参詣の人に賞味されただけでなく、将軍家にも献上されています。ですから「参拝のあとに一杯の蕎麦」は観光の動線ではなく、三百年の習いです。
会場は境内そのものです。八〇〇平方メートルほどの屋外で立食ができます(公式記載は着席二〇〇名・立食四〇〇名)。この一夜を見守るのは、白鳳仏をはじめとする数多くの仏像——その白鳳仏は、東日本でもっとも古い国宝の仏です。客は杯を手に立ち、顔を上げれば千三百年の仏がいます。
ここは行程のなかほどに向きます。都心から調布へ出れば緑が急に増え、歩みは自然にゆるみます。それでいて重さは落ちません——国宝と、千三百年と、将軍が食べた一杯の蕎麦が、同じ一つの境内にあります。