ニセコがまだ「スキー場」であり、「美食の目的地」という言い方がなかった時代に、その筋書きを書き替えた一軒があった。シェフ上村雄一は北海道の生まれ。若い頃ワーキングホリデーでシドニーへ渡り、三ツ星「Tetsuya's」で Tetsuya Wakuda のもとに数年身を置いた。2008年、その腕を持って雪山の麓に戻り「KAMIMURA」を開く——ニセコに自前のファインダイニングの原点が生まれ、のちにこの一帯へ広がるミシュランの星々もそこから育った。
その店は2025年4月に扉を閉じた。けれど腕は去っていない。2019年、同じ建物の同じフロアに開いた姉妹店「kitchen」——公式はその立ち位置をこう書いている。「KAMIMURA が大切にする、素材の持ち味を引き出す料理姿勢はそのままに」。変えたのは場の力の入れ方だけだ。だから今日ニセコでこの系譜を味わうなら、扉はこちらになる。
かつての店との一番の違いは【距離】である。三十席の一室、目の前がオープンキッチン、シェフの手が手元で動く。窓の外はニセコの山裾——冬は雪、夏は緑。献立は北海道の四季とともに移り、コースが軸。合わせる酒はワイン、ウイスキー、地ビールまで。公式は明記している——お子様用メニューとハイチェアの用意はなく、席のみの利用も受けない。一食をきちんと味わい切る人のための場だということだ。
この一席は行程の味覚の基調を決める。少人数で、土地の物語を口に運ぶ一夜。構えではなく、「原点」と「師承」という二層の、真似のできない履歴で立っている——そしていま、その履歴はこのオープンキッチンの台前にある。