箱根・仙石原の森のなかに、ほとんど「見えない」美術館があります。ポーラ美術館は地上の高さを8メートルに抑え、建物の大半を地下に沈めました。周囲の森を乱さないためです。2002年9月の開館にあたって、この館が第一に掲げたのは「箱根の自然との共生」でした。明るい地上からゆっくりと地下の展示室へ降りてゆく道のりは、林間の静かな一室に潜り込むようです。そしてその静けさのなかで待っているのは、モネ、ルノワール、セザンヌ、ゴッホ、ピカソです。
コレクションの来歴そのものが一つの物語です。ポーラ化粧品の創業家二代・鈴木常司が、1950年代後半から四十数年をかけて私的に集めた作品は約10,000点。その核となるのは19・20世紀の西洋絵画約400点で、そのまわりに日本の洋画、日本画、東洋の陶磁、ガラス工芸、さらには化粧道具までが広がります。予算で積み上げた美術館ではなく、一人の生涯の審美の結晶です。壁に掛かる一点一点が、かつて同じ一つの眼に選ばれました。
この館の得がたさは、入場券にはありません——券はどなたでも買えます。得がたいのは「地上8メートルしかない美術館」という事実そのものと、一人の生涯の眼が同じ森のなかにまとまって残されていることです。行程に置けば、静かな高みとして働きます。名画の重みと、森に沈む建築が同時にそこにある——声を張らずとも、格調はおのずと備わります。