越前大野は山に囲まれた城下町である。十七世紀に土井氏が入って以降、七間通り一帯の町並みはそのまま四百年を経た。いまも毎朝、日本でも古い部類の朝市がこの通りに立つ。
俵屋旅館はその通り沿いにあり、朝市までは歩いて数分。木造二階建て、寺子屋を思わせる構えで、庇が雪除けに大きく張り出す。玄関には年季の入った木の扁額が掛かる(犬養毅の揮毫と伝わる。出所は町並みの記録)。
到着するとまず抹茶が出る。大野の名水で点て、季節の菓子を添える。和室は中庭を囲むように配され、夕食は里芋のにっころがし、山菜、冬は蟹といったこの土地の郷土料理。主人はうなぎにも手をかける。
紹介がなければ入れない類の宿ではない。一泊二食で一万円前後である。価値は別のところにある——いまも普通に営業している、本物の地方旅館だということ。京都や東京の精緻さから一度降りて、日本人自身の生活の側に着地する一晩が必要なとき、豪奢な宿を重ねるより意味がある。